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2021.02.01

アートピースとして工芸品が生きる空間

2020年8月にインターナショナルホテルグループ「ハイアット」の北陸初拠点となる「ハイアット セントリック 金沢」がオープン。ラウンジから客室、そしてダイニングにと、ホテル内の随所に地元工芸作家の作品が配され、独特の世界観を演出している。宿泊客と金沢という街のファーストコンタクトとなる場として、そして地元の人々に寄り添う拠点として、工芸がどのような役割を果たしているのか。今回は館内のオールデイダイニング「FIVE – Grill & Lounge」の総料理長・市塚学さんにお話をうかがいました。

 

書棚の間に並ぶ器や、手を伸ばせば触れられるペーパウェイト。「ハイアット セントリック 金沢」3Fにあるダイニング「FIVE – Grill & Lounge」の空間には、いたるところに工芸品が散りばめられている。キャプションもなく、あまりにも自然に馴染んでいるので、それが“作品”であることを忘れてしまうほどだ。
それは展示台の上やガラス越しに眺めるのとはまた違った、暮らしを豊かにする“アートピース”として、そして“道具”としての工芸品の姿を私達に見せてくれている。

  • 「FIVE – Grill & Lounge」の一角。工芸品がいたるところに。

「これでもかというくらいに、空間に工芸品が盛り込まれていて、僕もすべて覚えきれないくらい」と笑うのは、FIVE – Grill & Lounge 総料理長の市塚学さん。「僕は常々、食事されているお客様とサービススタッフの間でもっと会話を楽しんでいただきたいと考えています。そういう意味でも『語れるもの・ストーリーがあるもの』が随所に配されていることで、一種のコミュニケーションツールとしての役割も果たしてくれている思うんです」

市塚さんは石川県小松市出身。長年東京の外資系ホテル「ハイアット」グループのホテルレストランで料理長などを歴任し、2020年ハイアット セントリック 金沢のオープンに合わて、13年ぶりに石川県金沢市に戻ってきた。

  • FIVE – Grill & Lounge 総料理長の市塚学さん。

料理人としての基礎をつくった、
クラフト的な “味の記憶”

 

市塚さんの料理人としての原点は、小松で過ごした幼少期の原体験にあるという。

「僕は子どもの頃からすごく鼻が利きましてね。当時実家の近所にはお餅屋さんがあったので『今日はお赤飯を炊いてるね』とか『この家の夕飯は煮魚だね』なんて会話を母とよくしていました。母も祖母もとても料理が上手な人だったので、梅干や漬物もなんでも自分でつくって、外で買ってくるということがなかったほど。子どもの頃は『皆みたいに外食したい』なんて文句を言っていましたけど(笑)、今思えばとても贅沢なことだったのだなと。母と祖母の味が、僕のベースをつくってくれているのだと改めて感じます」

 

そんな環境で育ち、自然に料理への興味を持つようになった市塚さんは、金沢の調理師専門学校に進学。卒業後は金沢市内のホテルレストランに就職し、本格的に料理人の道に入った。

その後も、北陸のホテルレストランで腕を磨いた市塚さん。パリやブルターニュ、リヨンといった海外での料理研修もその間に経験した。

 

「向こうに行って改めて感じたのは、日本人はやっぱり“農耕民族”なんだということ。種から植えて、育てて、収穫してそれを食べる。そういった流れや下準備の感覚が根底にあると思うのですが、彼らは全く違うんですね。狩猟民族というか、一発で仕留めに行く時の集中力が凄い。日本人だったら、仕事量が多いときは朝早く行って残業してと考えがちですが、彼らはどんな時でもギリギリに来る(笑)。その代わりに、仕事中の手が物凄く速いんです。時間内に集中力でカバーするというか。そういった国民性や文化の違いは感じましたね」

 

同時に、日本人特有の器用さや勤勉さ、そして仕事の繊細さは海外でも高く評価されていることを知った。「ヨーロッパのレストランで日本人がいないところってほとんどないんですよ。それも主要なポストに付いている日本人が多い。技術的にも発想的にも“日本人の感性”は海外でも通用するのだと実感しましたね」。

 

  • ハイアットセントリック金沢の施設内には随所に地元作家に依頼した作品が。

また、日本独自の「懐石文化」や「器づかい」が、ヨーロッパの料理界に与えている影響も大きいと市塚さんは話す。

「海外のシェフが日本にやってきて、懐石からアイディアを得ているところも多分にあると思います。近年ではフレンチも少量多皿になってきていて、ひとつのコースで17皿ほど提供されるほど。『お椀』の持ち手にちょこんと盛ったり、割れたお皿に盛りつけたり、逆に日本人では思いつかないような自由な発想もありますね。向こうも元々アルチザンの国ですから、職人に器を新たにつくってもらうといった流れも生まれているようです」

“身の丈”は、使って初めて分かる

 

そして2007年グランド ハイアット 東京「フレンチ キッチン」の料理長に抜擢され、市塚さんは上京する。北陸のホテルでも総料理長という安定的なポジションにあったにも関わらず、40歳を超えての挑戦だった。そこには「何事も自分で咀嚼してから判断したい」という市塚さんのポリシーがあった。

 

「料理人として『一度は東京でチャレンジしたい』という想いがずっとありました。僕は基本的に“身の丈に合ったことをしたい”と考える性分なのですが、その“身の丈”を知るためにも、それが成功であれ失敗であれ、一度は自分でチャレンジしてみないと納得できない。料理でも魚や鳥を絞める現場も体験しに行きますし、何か物を選ぶことにおいても同じです。買ってみて、実際に使ってみて、自分の中で咀嚼してから『これは合う/合わない』と判断したい。人の評判を聞いたり、間接的に見るだけではどうもピンと来ないんですよね」

 

 

 

  • 能登の自然栽培農家「あんがとう農園」を視察する市塚シェフ。

  • 「せっかく石川に戻ってきたので、これから地元の生産者さんをどんどん訪ねたい」

東京に出た市塚さんが、故郷を振り返り気づいたことは「北陸にはすべてが揃っている」ということだった。

「食材においては、野のもの山のもの海のもの。そしてそれを盛り付ける器。石川だけで陶器も磁器も塗り物もある。そして富山に行けば、銅やガラス、福井に行けば刃物も揃う。北陸で料理にまつわるほぼすべてが網羅できるのだと、13年後に戻って改めて気付かされたことですね。金沢は街自体が文化都市なので、住んでいた時にはそれが当たり前だと思って、逆に見えていなかったことでした」

 

そして2020年、ハイアットグループ初の北陸進出となるハイアットセントリック金沢のダイニングを任される。その店名「FIVE」には石川の伝統工芸である加賀友禅や九谷焼で用いられる「加賀五彩」や「九谷五彩」の「五」にインスピレーションを受けているという。

 

「僕は“伝統と革新”という言葉が凄く好きなんです。伝統を守るためには革新していかないといけないし、革新ができるのもまた伝統があるからで。金沢は伝統と時代性を繊細に組み合わせることで新しい文化をつくりあげてきた街です。その精神は私たちの料理でも大切にしていきたいと思っていることの一つです」

 

 

  • FIVE – Grill & Loungeのロゴ。

また、FIVE – Grill & Loungeのロゴ(五つの点をつなぐ螺旋)は、店内を巡る人の導線をイメージし、また金沢の伝統を尊びながら新しいムーブメントを生み出す場所となることを目指す、という意味が込められているという。ダイニングはコンセプトが異なる5つの空間で構成されており、どの部屋にも様々な形で工芸品が配され、すべて自由に観覧することができるようになっている。

 

「普段使いのダイニングとして地元に寄り添いながら、逆にこちらからも刺激的な提案をしていけたら。この空間をより知っていただきたいですし、何より日常的に使って楽しんでいただきたいですね」

 

洗練されたホテルのダイニングでありながらも、FIVE – Grill & Loungeの料金設定はかなりリーズナブルに設定されているのも「身近に利用してほしい」という想いから。ぜひ新たに誕生したホテルレストランで、美術館やギャラリーで眺める工芸品とはまた違った魅力を楽しんでみてほしい。

 

PROFILE

市塚 学(いちづか・まなぶ)
1965 年 石川県小松市出身。小松親善大使。ホテルの厨房を見学したことで料理人への思いが強くなりプロの道を志す。1984年に、フランス料理の世界へと入り本格的にキャリアをスタート。その後、さまざまなレストランで経験を積み重ねる。2007年、グランド ハイアット 東京「フレンチ キッチン」料理長就任をきっかけに上京。現在「ハイアット セントリック 金沢」「ハイアット ハウス 金沢」の総料理長を務める。

柳田 和佳奈(ライター/有限会社E.N.N.)

1988年富山県黒部市生まれ。富山大学芸術文化学部 文化マネジメントコース卒業。金沢で地元情報誌の編集者を経て、現在は有限会社E.N.N./金沢R不動産でローカルメディア「reallocal金沢」の運営などをしている。