クタニのすべて

袖をまくり、腕を汚しながら、目の前の轆轤の上で回転する灰色の柔らかい粘土の山に手を沈めていると、コップのようになるかもしれない(ならないかもしれない)不揃いな形がゆっくりと浮かび上がってきた。私の向かいには、デニムのエプロンにバンダナを頭に巻いた、辛抱強い職人の先生が、その突然の崩壊を防ぐためのサポートの合間に、笑顔で励ましの言葉をかけてくれている。

 

驚くほど柔らかい粘土から、安らぎと深い楽しみが感じられる。この体験は、私の居場所を知るヒントになるかもしれない。私は石川県小松市で九谷の陶芸に挑戦している。

 

Photo by Nik van der Giesen

 

より正確に言えば、建築家の隈研吾氏が設計した、すっきりとしたミニマルなラインの角材と風合いのある土壁が特徴的な、風通しの良い空間、つまりは九谷焼にまつわるすべてのものを集めたモダンな神殿、セラボクタニでことは展開している。鮮やかな色調、大胆なモチーフ、絶妙な絵付けの上絵付けなどで知られる九谷焼は、漆器や金工品、複雑な染色を施した絹織物など、北陸地方が古くから誇る豊かな工芸品のひとつである。

 

九谷焼のルーツは、他の多くの工芸品と同様に、17世紀から加賀の地を支配し、豊かな工芸品の基礎を築いた前田家にまで遡る。郷土の逸話によると、初代前田利春公は、加賀の山中で鉱石が発見されたことをきっかけに、日本の磁器発祥の地とされる有田で陶磁を学ぶために家来を南下させ、帰国して最初の窯を築いたと言われている。これが九谷焼の始まりである。その後、職人たちは、古典的に緑、青、黄、赤、紫の五色で構成される「五彩手」を用いた大胆な色使いなどで、独特の磁器の美学を確立していった。描かれるモチーフも、色に負けず劣らずの躍動感があった。表面に重ねられた文様は、この地域の雪に覆われた厳しい冬に対峙したクリエイティブな反応として広く受け止められており、地元の風景から空を飛び交う鳥まで、生き生きとした姿を捉えていた。

 

しかしその評価にもかかわらず、九谷焼の生産は1730年代に突然停止し、窯が突然閉鎖されたことは、多くの歴史家にとって今でも謎となっている。その様式が一世紀も経たないうちに復活すると、以前の作品とは区別して、古九谷という名が与えられた。その後、1873年にウィーンで開催された万国博覧会での発表に歓喜の声があがり、世界に誇る日本の工芸品としての名声を確認し、西洋世界への輸出を開始した。今日、九谷焼は、多くの新世代の作家がより現代的な領域に押し上げられているが、今も多くの北陸地域の工芸品と並んで深く評価されている。

 

 

 

Photo by Nik van der Giesen

 

九谷焼の作例は、様々な場所で見られる。石川県の那谷寺には、最高級の伝統工芸品が、古代の岩壁や四季折々の木々、広大な水辺の原始的な美しさと静かにぶつかり合っている。

  • Photo by Nik van der Giesen

     

  • Photo by Nik van der Giesen
  • Photo by Nik van der Giesen
  • Photo by Nik van der Giesen

岩や花木に囲まれた石畳の道を抜けると、自然の洞窟の中に包まれた金堂華王殿にたどり着き、その中には十一面千手観音像が祀られている。像の左下に目をやると、赤、黄、紫の花、森の緑の葉、黒い鳥が描かれた鮮やかなパネルが広がっている。すべて九谷焼で作られたものだ。

  • Photo by Nik van der Giesen
  • Photo by Nik van der Giesen

時代を超越している証だろうか。九谷焼は現代的な空間でも見ることができる。昨年、金沢駅の向かいにオープンしたばかりのハイアットセントリック金沢もその一つである。

 

その新しいホテルには、現代の金沢の工芸をエレガントに表現した作品が数多く展示されており、廊下を歩けば、九谷焼の皿の形をした部屋のナンバープレートとそこに特徴的な色彩で描かれた大胆なモチーフが目に飛び込んでくる。

  • 中田博士 (Photo Rikako Kasama)
  • 水元かよこ  (Photo MARC AND PORTER)
  • 上出惠悟 (Photo MARC AND PORTER)
  • 宮本雅夫  (Photo MARC AND PORTER)

隈研吾の作品も忘れてはならない。日本の職人技の遺産を自然素材を使ったミニマリズムと現代的なフォルムに敏感に融合させることで知られる建築家である彼もまた、そのファンの一人だ。

 

「私自身も九谷焼をよく使っています。特に九谷焼が醸し出す温もりが好きなんです」と彼は言う。

 

隈氏の九谷焼への熱意を示す例としては、九谷セラミック・ラボラトリーとしても知られるセラボクタニが挙げられる。磁器の製造工程を紹介するミュージアムや、陶芸体験ができる体験工房が設置された施設だ。

 

九谷焼の世界を表現した現代建築で、到着した瞬間から目を奪われる。鋭く傾いた三角形の屋根がパズルのように連続しており、1つは宝石のような緑の草で覆われ、もう1つは隈氏の特徴である格子状の木で覆われていて、空間を包み込み、親密な内部空間を作り出している。

  • Photo by Nik van der Giesen

暖かみのある色調の自然素材は、九谷焼へのオマージュとして、内壁、外壁ともに、車ですぐの花坂山の岩から作られた有機的な粘土の広がりから作られている。内壁には、超現代的なカーボンファイヤーを用いた伝統的な茶室工法を採用し、過去と未来が入り混じった内壁に、現代的な感覚が研ぎ澄まされている。

 

「今回のプロジェクトのテーマは、地元で生産されている九谷の土にスポットを当てることでした。」隈氏は解説する。「九谷の土に溶け込むような建築を目指しました。」

 

Photo by Nik van der Giesen

 

「日本の北陸地方は、冬は雪が多く厳しいことで知られています。それが、太平洋側にはない独自の文化の深みを育んできたのだと思います。この建物では、その特徴を強調したいと考えました。」

 

先日、セラボクタニに到着(戸口には白磁の招き猫が)したばかりの私を案内してくれたのは、スタッフの緒方康浩さん。

 

  • Photo by Nik van der Giesen
  • Photo by Nik van der Giesen

斜めになった窓や木の軒先からは雪と太陽の光が交互に差し込む(典型的な気まぐれな冬の天候)中、私たちは工場のエリアからスタートした。ここでは、九谷の粘土ができるまでの工程がわかりやすく紹介されており、大きなガラス張りの壁の向こうには、実際の粘土づくりの行程を見ることができる。

 

 

はじめにすべての九谷焼が生まれる素材に触れる事が出来た。金網で囲んだ容器の中には白い石灰のような石の塊が入っている。日本に数少ない陶石の産地である花坂山で採取された花坂陶石である。

 

Photo by Nik van der Giesen

 

「花坂はここから車で10分くらいで行けます 」と緒方さんは説明してくれる。「粒子がとても小さいんです。そのため、粘土は柔らかくてもろさがあり、強度も高い。絵を描くときに何度も焼くので、強度が必要なんです。」

 

石は砕いたり、型に入れたりして加工され、水に沈められて重い沈み石と軽い粉状の粒子が分離され、円形の円盤状の粘土に圧縮されて、作品に形作られる準備が整うのだ。

 

Photo by Nik van der Giesen

 

緒方さんによると、大きな石は今では釉薬として再利用されているとのこと。現代陶芸のテーブルウェアブランド「HANASAKA」(セラボクタニで販売)では、ミニマルなラインをクリーム色のオフホワイトの釉薬で和らげている。

 

Photo by Nik van der Giesen

 

工場に戻り、緒方さんは轆轤(ろくろ)での成形技術から、窯の中での繊細な焼成技術まで、九谷の陶磁器を作るために必要な知識を共有してくれた。焼成の結果、サイズが13~20%の間で収縮するそうだ。

九谷焼の特徴は何といっても装飾だ。緒方さんは、伝統的な主な色の内訳や、それらがどのようにして磁器に重ねられているのかなど、いくつかの例を紹介してくれた。

 

「基本的な色合いは5種類ありますが、各工場がそれぞれの色を混ぜ合わせているので、バリエーションが豊富です。それぞれの色を焼成する際の温度も異なります。1つの作品を5~10回焼くこともあります」

 

このスペースはまた、九谷のもう一つのユニークな特徴を紹介している。極細の馬毛筆を使った手描きの書道で、「細字」として知られている技法である。何世紀にもわたって受け継がれてきた技法で、その文様は小さな字で何行も連なった古典的な詩のみで構成されている。

 

Photo by Nik van der Giesen

 

今回の私の訪問はメインの工房内での制作体験で締めくくられた。工房は広い木製のテーブル、電動ろくろ、焼成前の乾燥させた作品の棚などが置かれた広々とした空間だ。

 

エプロンを着て、先生の向かいに座ると、いつも笑顔の村松道浩さんが、轆轤の上に土の塊を置き、私が手を濡らす前に、小さなカップの制作を指導してくれた。感覚としては土が驚くほど柔らかい(明らかに日本の産地の粘土とは異なる質感を持っている)。

 

Photo by Nik van der Giesen

 

きちんと使える器を作ろうとしていると、村松さんはその瞳の輝きの理由を説明してくれた。「東京の国税庁に18年ほど勤めていました」と笑う村松さんは、「10年前にこちらに引っ越してきたんです。「趣味の陶芸に専念するために10年前に移住してきましたが、生活がガラリと変わり、以前よりずっと楽しいです。」

 

Photo by Nik van der Giesen

 

「祖父は職人で、九谷焼の絵付けをしていました。祖父は私が生まれる前に亡くなりましたが、私は陶器に囲まれて育ちました。私の好きなところは絵付けです。自分で色を調合したり、釉薬を作ったりするのが大好きで、私にとって一番わくわくする部分ですね。」

 

現代の九谷焼を体現しているのは村松さんだけではない。21世紀の九谷界を代表する現代の光といえば、上出長右衛門窯の6代目陶芸家、上出惠悟さん。彼の鮮やかな作品は、現代のギャラリー等で定期的に展示されている。

 

九谷焼の人気は、2019年にスタートした現代の工芸祭であり、九谷焼の世界とその作り手を讃え、展覧会、トーク、工房見学、ワークショップなどを開催している「KUTANism」によってさらに加速されている。

 

これは、日本で最も貴重な工芸品のひとつである九谷焼を後押しするものである。隈氏自身が語るように、「若い人たちを巻き込んでいくことが、あらゆる種類の工芸が生き続け、将来に渡って繁栄していくための鍵となります。若い人たちが、ものづくりのプロセスを体験する。それこそが、「セラボクタニ」が提供できることなのです。」

Danielle Demetriou(ライター、編集者)

ダニエル・デメトリウは、東京を拠点に活動するイギリス人ライター・編集者。ロンドンの全国紙に長年勤務した後、2007年に来日。イギリスのデイリー・テレグラフ紙の日本特派員であるほか、国際的な雑誌(Wallpaper*、Conde Nast Traveller、Architectural Review、Design Anthologyなど)でデザイン、ライフスタイル、旅行に関する記事を執筆している。日本のデザイン、建築、クラフトマンシップに夢中で、沖縄から北海道の最北端まで(その間にある他の多くの場所も含めて)日本全国でこれらのテーマを取材してきた。そして、彼女の秘密の趣味は(初心者の)陶芸家であること。

http://www.danielledemetriou.com/